1 印鑑がなくても文書は有効?
実は多くのビジネスにおいて、印鑑は法的には不要です。
日々、当たり前のように印鑑を使っている私たちにとって驚くべき事実ですが、「不動産会社が作成する重要事項説明書」など、一部の文書を除き、印鑑がなくてもその効力に問題はありません。
では、印鑑には何の効力もないのでしょうか?
法律では「押印」があると、「文書が真正」であることが推定されます(民事訴訟法228条4項)。文書が真正とは、本人の意思に基づいて文書が作成されたという意味です。つまり、
文書中の印影が本人の印章によって顕出されたものである場合、本人の意思に基づいて文書に押印されたものと推定されるので、名義人は「勝手に偽造された」と主張しにくくなる
ということです。偽造されたと主張したいなら、印鑑で表示された名義人が、偽造された事実を証明しなければなりません。
もしも契約書などに署名がなく、記名だけで印鑑がなかったら(ゴム印だけが押されているようなケース)、反対に「この文書を本人が作成したものである」と主張する人が、その事実を証明する必要があります。
このように押印があると、法的に文書の効力が認められやすくなります。そのため、日本の商慣行として印鑑が定着しているのです。
なお、印鑑が必要な一部の文書の例は次の通りです。
契約書など文書名 | 概要 |
---|---|
自筆証書遺言 | 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならないとされています(民法第968条) |
不動産の登記申請書類 | 申請書には申請人又はその代表者(当該代表者が法人である場合には、その職務を行うべき者)若しくは代理人の押印が必要と定められています(商業登記法第17条第2項)。 |
(出所:弁護士監修のもと、日本情報マート作成)
2 電子署名があれば大丈夫?
押印があると、法的に文書の効力が認められやすくなるということは、逆に押印がないと認められにくくなるのかと考えてしまいますが、その心配はありません。
2001年4月1日に「電子署名法(電子署名及び認証業務に関する法律)」が施行され、電子署名が手書きの署名や押印と同等に通用する法的基盤が整備されました。
電子署名とは、ネット上のやり取りで利用できる署名です。きちんと認定を受けた認証機関で手続きを行って電子文書をやり取りすれば、電子署名にも印鑑と同じ効力が認められます。今は法律も「印鑑を必須とはしていない」ともいえます。
なお、WordやExcelなどのアプリケーションを使って、印影を模したスタンプを作って利用しているケースもあります。ただ、これは電子署名法における電子署名とは全くの別物であり、法的効力もありません。
以上が印鑑の効力に関する説明です。多くの契約書においては押印がなくても大丈夫ということですが、実際は相手ありきです。こちらが印鑑は不要な理由を説明しても、すぐに印鑑がなくなるとは限りません。そこで以降では、契約に伴う印鑑の利用に関するポイントを分かりやすく紹介します。
3 印鑑の基本
1)印鑑には格がある
「印鑑とはハンコ(判子)の正式名称である」と理解している人もいるようですが、厳密には違います。正しくは、私たちが印鑑やハンコと呼んでいるものを総称して「印章」、印章を紙などに押しつけて映ったものを「印影」と呼びます。
ちなみに、印鑑とは、印章のうち、登記所や銀行などに届け出た特定の印章(印影)のことを指すのですが、この記事では分かりやすく説明するために、全般的に「印鑑」と表現しています。
通常、会社は何本かの印鑑を使い分けています。例えば、見積書は「パソコンでの印字と社印」の組み合わせになっているのをよく見かけます。この組み合わせに問題があるわけではありませんが、契約書の場合で考えると少々軽い印象を受けます。
印鑑には格があり、契約書に押す印鑑はそれなりのものであるほうが好ましいのです。
2)登録印・認印
登録印とは、登記所に登録した印鑑のことで、印鑑証明書を取得できるものです。会社では、登録印や実印、代表印などと呼ばれ、契約書でも利用されます。
規模が大きな会社で代表者が複数いる場合は、複数の登録印を所有していることもあります。 なお、その印鑑が登録印であるか否かは、印鑑証明書によって明らかになります。そのため、契約書に印鑑証明書を添付することもあります。
認印とは、登録印以外の印鑑のことです。
認印は、例えば、宅配便の受取書や簡単な申込書など日常取引等の押印の際に使われるもので、印鑑としての格は低いといえるでしょう。認印としてよく使われる印鑑は、いわゆる「シャチハタ(インキ浸透印)」や「三文判」です。
3)銀行印
銀行印とは、口座開設手続きなどの際に銀行に届け出ている印鑑のことで、その用途は銀行との取引に限定するのが基本です。
多くの金融機関と取引している会社は、複数の銀行印を所有して使い分けていることもあります。登録印と同じように銀行印は重要なものなので、紛失時のリスクを低減するなどの狙いもあります。
4)社印
社印とは、会社名だけを印影とする印鑑のことで、角印や社判などと呼ばれることもあります。
社印が押してあれば、少なくとも会社が、その文書を正式なものとして認識している場合が多いといえるでしょう。
しかし、登録印や銀行印ほど利用者が限定されるわけではないため、相手方から見ると、どの程度の権限を持つ人が、どのような手続きを経て押したのかが分かりません。このように、印鑑の格が必ずしも高くはないため、契約書ではほとんど利用されません。
4 【図解】契印・割印などの印鑑の押し方いろいろ
契約書にはさまざまな意味合いで印鑑が押されます。契約当事者が署名や記名の横に押す「契約印」の他にもいろいろな種類があるので、以下で整理してみましょう。
1)契印はどこに押せばいい?
契印とは、2枚以上にわたる契約書について、それが一体の文書であることを明らかにするために押すものです。
2枚以上の契約書の場合、各ページを開いて、それぞれのページにまたがるように押します。
また、契約書が多数枚に及び、背が白色の製本テープなどでとじられている場合は、その製本テープ(帯)と契約書本体の境目に印影がかかるように押します。
2)割印はどこに押せばいい?
割印とは、2通の契約書が同時に作成されたことを明らかにするために、それらの契約書を少しずらして重ね、全てに印影がかかるように押すものです。
3通の場合は、契約書を少しずつずらして重ね、それぞれに印影がかかるように押す方法があります。この場合、各契約書には、印影の上3分の1、中3分の1、下3分の1が押されることになります。
3)消印はどこに押せばいい?
消印とは、印紙を使用済みの状態にして再利用を防止するために、契約書に貼った印紙と契約書の双方に、印影がかかるように押すものです。
慣例上、1枚の印紙に対して契約当事者がそれぞれ消印を押すことが多くなっていますが、「印紙を使用済みにする」という目的に照らせば、契約当事者のいずれか一方が消印を押せば十分です。なお、消印は押印である必要はなく、署名でも問題ありません。
4)訂正印・捨印はどこに押せばいい?
訂正印とは、契約書の字句を訂正するために押すものです。
一般的には、訂正箇所に二重線を引き、その上に訂正印を押して正しい字句を記載する方法を取ります。なお、訂正の方法は法令で定められているものではなく、他にも方法がありますが、ここでは省略します。
捨印とは、将来の契約書の訂正に備えて、あらかじめ余白に押しておくものです。
捨印で訂正する場合は、正しい字句に訂正し、訂正箇所を明らかにした上で、余白に「削除○文字」「加筆○文字」などと記します。捨印を押す位置や「削除○文字」などの記載位置は、訂正箇所の近くか余白になりますが、できるだけ訂正箇所の近くにしたほうが、どこを訂正したのかが分かりやすくなります。
契約書を訂正する際、新たに訂正印を押してもらうことが難しい場合もあります。そこで、捨印を押しておき、将来起こるかもしれない契約書の訂正を可能にします。ただし、相手方に勝手に契約書を訂正されてしまう危険もあるので、捨印は押さないほうが無難です。
5)止印はどこに押せばいい?
止印とは、文書の最後に余白が生じたときに、そこに押すものです。
止印を押すことで、以下は余白であることを明らかにし、相手方に余白を勝手に利用されないようにします。止印の代わりに、「以下、余白」などと記載する場合もあります。
6)契約印はどこに押せばいい?
契約印とは、契約当事者が署名や記名の横に押すものです。
もはや都市伝説のようなものですが、この契約印をどこに押すのかについて、「名前にかかるように押すべきだ」「いや、名前にしっかりかかっていると訂正印みたいだから、名前のギリギリに押すべきだ」「印影がはっきり分かるように、名前から離して押すべきだ」などの主張があります。
結論から言うと、契約印の決まった位置はありません。そもそも契約印は、契約締結の意思表示の完全性を高めるためのものであり、押してあることが大事なので、名前の横に押してあれば大丈夫です。
5 契約書に貼る印紙のルール
印紙とは、印紙税法に基づいて納める国税の1つです。
印紙を貼らなければならない文書を「課税文書」と呼び、その文書を作成した人が印紙税を納めなければなりません。課税文書は第1号から第20号まであり、契約書や領収書などがあります。詳細は国税庁のホームページなどで確認できます。
●国税庁「印紙税」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/inshi/inshi301.htm
1)印紙税は誰が納めるのか?
印紙税は、課税文書を作成した人が納めます。ただし、例えば二者間契約の場合、印紙税を契約当事者が折半して納めなければならないといった決まりはないため、納めるのはどちらか一方であっても問題ありません。
ただし、「どちらか一方が納める」というのは、あくまでも契約当事者間の取り決めに過ぎません。印紙税を納めていないほうが税務調査などで指摘されてしまったら、納税を免れることはできません。
2)タイトルを変えれば非課税文書になるのか?
課税文書に該当しなければ印紙税は納めなくてもいいため、契約書のタイトルを変えて課税文書に該当しないようにする人がいます。しかし、課税文書か否かの基準は、契約内容を実質的に見て判断されるため、タイトルだけを変えても意味がありません。
3)貼り忘れた場合の過怠税
印紙の貼り忘れは税務調査でも指摘されることが多い事項です。もし、印紙税の不納があった場合、過怠税として納めるべき印紙税の3倍(自主的に申し出た場合は1.1倍)が徴収されます。
4)印紙税を節約する方法はないのか?
印紙税は、正本にのみ課されます。そのため、契約書を正副と区別して節税しようとすることがあります。ただし、副本(コピー)として認められるためには、署名がないことなど複数の条件をクリアする必要があるので、事前に正副の解釈基準をきちんと確認することが大切です。
なお、電子契約においては書面が作成されないため、印紙税は課税されません。ですから、
節税と併せて業務効率化を進めるためには、電子契約を取り入れることが有効である
といえます。
5)消印が必要
印紙には消印をしなければなりません。消印によって、その印紙が使用済みであることが明らかになります。消印をしなかった場合、納めるべき印紙税と同額の過怠税が課されます。
6)契約内容を変更したときの印紙税の負担
契約書が印紙税法上の課税文書に該当する場合、新たな契約書を交わすと、あらためて印紙税を納めなければなりません。
なお、覚書の場合は、
変更箇所が重要な事項の変更となる場合は課税文書として取り扱われますが、重要な事項を含まない変更の場合は課税文書に該当しないため、印紙税が不要になる
ことがあります。判断に迷う場合は、税理士や弁護士などの専門家に確認をするとよいでしょう。
6 課税文書に該当するか否かの判断
文書の内容によって課税文書に該当するか否か、第○号文書かということで決まりますが、解釈が難しい場合もあります。例えば、次のようなケースです。解釈が難しい場合は、所轄税務署に確認してみましょう。
- 文字通りのリース契約は課税文書に該当しないが、それに付随する機器の保守が請負契約に該当するのか?
- 基本契約について第7号文書として印紙を貼っているが、そこから派生する個別契約も内容に応じて課税文書に該当するのか?
- 1通の契約書に、複数の課税文書に該当する要素が含まれている場合、何号として取り扱えばよいのか?
7 印紙はいつ貼る? 契約書の交わし方
実務上、意外と迷うのが契約書の取り交わし方です。契約当事者が一堂に会するのことはなかなか難しいので、郵送などで手続きをすることが多くなります。その際、「印紙はどのタイミングで貼るのか?」などといった素朴な疑問が生じることがあります。
ここでは、A社とB社が契約書Xを交わすときの手順を整理してみましょう(必要に応じて契印や割印を押しますが、ここでは省略しています)。契約書を郵送する際は、簡易書留など記録が残る方法で送付することも検討しましょう。
8 電子契約を採用すると印鑑は不要になる?!
ここまで、印鑑や印紙のルールについて紹介してきました。これらは非常に重要なことですが、電子契約によって変わってきます。
- 電子契約では、本物の印鑑を押す必要はなく、電子署名をする(電子契約のシステムやプランによって異なる)
- 電子契約では、紙の契約書を郵送する必要がない
- 電子契約では、印紙を貼る必要がない
- 電子契約では、紙の契約書を保管しておく必要がない(キャビネットなどが不要)
電子契約は、今後も普及していくでしょうが、注意点もあります。電子契約には「当事者型」と「立会人型」があります。
- 当事者型:契約当事者の本人確認をした上で、電子署名を行う
- 立会人型:電子契約サービスの提供者が、第三者として電子署名を行う
電子契約で利用されている多くは「立会人型」です。こちらは、本人確認のコストがかからないため、電子契約サービスの提供者が「無料プラン」などとして提供できるからです。ただし、「立会人型」が「当事者型」に比べると、本人確認の面で不安を残すことは間違いありません。「当事者型」は、契約当事者が電子の「印鑑証明書」を取得するようなものであり、手間とコストはかかりますが、
重要な契約書を取り交わす際は、「当事者型」を検討する
ことも重要になるでしょう。
また、電子契約では法的効力を持たない契約書もあります。具体的には次の通りです。そのほか、電子契約の利用は可能ですが相手方の承諾が必要な契約書(建設工事の請負契約書(建設業法19条3項、施行規則13条の2)等)もありますので、そういった契約書については注意が必要です。
(図表2)電子契約では法的効力が不十分な契約書の例
契約書など文書名 | 概要 |
---|---|
事業用定期借地契約 | 事業用定期借地契約は公正証書で契約しなければならないことになっています(借地借家法第23条第3項)。 |
任意後見契約書 | 任意後見契約は、法務省令で定める様式の公正証書によってしなければならない(任意後見契約に関する法律第3条) 。 |
(出所:弁護士監修のもと、日本情報マート作成)
いかがだったでしょうか?契約書の取り交わしについて、疑問に感じることが多いポイントが整理できたと思います。
この「弁護士が教える契約・契約書の基礎知識」シリーズでは、以下のコンテンツを取りそろえていますので、併せてご確認ください。
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契約書作成・チェックのポイント
- 第1回「契約」とは何か?身近だからこそ正しく知ろう
- 第2回よくある契約書の構成、「条・項・号」、用語の使い分け
- 第3回【図解】印鑑の意義、契約書への印鑑の押し方、印紙の貼り方
- 第4回契約書のチェック! 基本構成から解除条項や損害賠償条項まで
- 第5回契約書のチェック! 知財条項、反社条項など
- 第6回契約内容の変更、解約の流れ
- 第7回【総まとめ】契約実務で押さえておくべき3つのポイント
以上(2024年4月更新)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)